預託実効線量とは

預託実効線量とは

人体の組織に取り込まれた放射性物質は、その半減期および代謝による対外排出により、時間とともに減少します。
食品摂取後長期間にわたって人体が受ける内部被ばくの影響を評価する基準として、摂取後50年間に受ける線量を最初の1年間で受けた(預託)として計算される『預託実効線量』が用いられます。

預託実効線量とは

体内に摂取された放射性核種の壊変によって体内の組織や臓器が照射される内部被ばくの場合、それら組織や臓器への線量の与えられ方は、時間の経過とともに変化することになります。線量率のこの時間的変化は、放射性核種の種類、物理的・化学的形態、摂取の仕方及び核種が取り込まれる組織や臓器に依存します。

内部被ばくの場合は、 放射性核種の代謝や排泄の速度をコントロールできないのが普通であり、したがって、摂取したときにその後の線量率分布及びその時間積分値である線量は決まってしまうと考えられます。組織や臓器Tの受ける預託等価線量H(τ,T)は、次の数式で表すことができます。

H(τ,T)=∫h(t)dt

ただし、時間についての積分は、t0からt0+τまでとします。

上式において、h(t)は組織や臓器Tの摂取後の時間tにおける線量率であり、τの値は、職業被ばく及び公衆の成人に対しては50年、子供や乳幼児に対しては摂取から70歳までの期間をとります。

放射性物質の組織や臓器中の実効半減期(放射性核種の体内からの排出とその核種自体の減衰の両方を考慮した半減期)の長いものと短いものについて、上式のh(t)を例示したものが図1です。

図1:放射性物質を摂取したのちの臓器または組織中の等価線量率の時間変化

預託実効線量E(τ)は、放射性物質の体内摂取から受ける組織や臓器Tの等価線量にその組織や臓器の組織荷重係数W(T)を乗じて加え合わせたもので、次の数式で示すことができます。

E(τ)=ΣW(T)・H(τ,T)

ただし、合計は全身の組織や臓器Tについて行なうものとします。

しかしながら、放射性物質が体内に摂取され、体内の組織や臓器に沈着した場合、組織や臓器の受ける線量を算出することは容易ではありません。それは、この内部被ばく線量を算出するために、体内の組織や臓器に沈着している放射性物質の量を測定する必要があり、しかもその量の時間的変化を追跡しなければならないからです。

このため、内部被ばくの場合は、人が摂取した放射性物質の量と、人体の組織や臓器が受ける線量の大きさとの関係を算出しておくことにより、摂取した放射性物質の量を基準にして人の被ばく量を算出する方法がとられています。

放射性核種1Bqとそれを急性摂取(1回摂取ともいう)したときの預託実効線量(mSv)との比を実効線量係数(単位mSv/Bq)といい(表1)、預託実効線量の計算に用います。
預託実効線量は、この実効線量係数を用いて以下の式にて算出します。

預託実効線量(mSv)実効線量係数(mSv/Bq)×年間の核種摂取量(Bq)×市場希釈係数×調理等による減少補正

年間の核種摂取量(Bq)環境試料中の年間平均核種濃度×その飲食物等の年間摂取量

※市場希釈係数と調理等による減少補正は必要があれば行います。

預託実効線量は、摂取した年の1年間に受けたものと見なして、その年の外部被ばくの実効線量と合計し、その合計値が線量限度を超えないように核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律等において、個人の被ばくを管理することになっています。

表1 放射性核種の摂取量から内部被ばく線量に換算する実効線量係数の例

第1欄 第2欄 第3欄
放射性物質の種類 吸入摂取した場合の
実効線量係数
(mSv/Bq)
経口摂取した場合の
実効線量係数
(mSv/Bq)
核種 化学形 等
3H 1.8×10-8 1.8×10-8
60Co 酸化物、水酸化物及び無機化合物以外の化合物(経口摂取)   3.4×10-6
60Co 酸化物、水酸化物及び無機化合物(経口摂取)   2.5×10-6
60Co 酸化物、水酸化物、ハロゲン化物及び硝酸塩以外の化合物 7.1×10-6  
60Co 酸化物、水酸化物、ハロゲン化物及び硝酸塩 1.7×10-5  
90Sr チタン酸ストロンチウム以外の化合物 3.0×10-5 2.8×10-5
90Sr チタン酸ストロンチウム 7.7×10-5 2.7×10-6
131I 蒸気 2.0×10-5  
131I ヨウ化メチル 1.5×10-5  
131I ヨウ化メチル以外の化合物 1.1×10-5 2.2×10-5
137Cs すべての化合物 6.7×10-6 1.3×10-5
239Pu 硝酸塩及び不溶性の酸化物以外の化合物(経口摂取)   2.5×10-4
239Pu 硝酸塩(経口摂取)   5.3×10-5
239Pu 不溶性の酸化物(経口摂取)   9.0×10-6
239Pu 不溶性の酸化物以外の化合物 3.2×10-2  
239Pu 不溶性の酸化物 8.3×10-3  

[出典]日本アイソトープ協会(編集・発行):平成12年10月23日、科学技術庁告示第5号(放射線を放出する同位元素の数量等を定める件)別表第2.アイソトープ法令集(Ⅰ)2005年版(2005年10月)、p375~

参考

  1. 日本アイソトープ協会(編):ICRP Publ.42、ICRPが使用しているおもな概念と量の用語解説、丸善(1986年6月)
  2. 日本アイソトープ協会(翻訳):ICRP Publ.60、国際放射線防護委員会1990年勧告、 丸善(1991年7月)
  3. 環境放射線モニタリングに関する指針(原子力安全委員会、平成13年3月一部改訂)
  4. 原子力防災基礎用語集
  5. 原子力百科事典 ATOMICA http://www.rist.or.jp/atomica/index.html

預託実効線量の計算式

預託実効線量は、以下の式(※1)を用いて計算します。

預託実効線量 H(mSv) = 0.001×m×d×p×a×f1×f2

m:飲食物摂取量(単位:g/日)
厚生労働省が実施した国民健康・栄養調査「平成17年国民健康・栄養調査報告」の食品群別栄養素等摂取量(全国)の値を用います。その値は、1人1日当たりの摂取量(g)を食品群別にまとめた一覧表として提供されています。
d:摂取日数(単位:日)
1年間の飲食物摂取量を対象とするため、365日となります。
p:実効線量係数(単位:mSv/Bq)
経口摂取による線量係数は、ICRP Publ.72により核種別に定められていて、この係数を用います。
例)Sr-90の場合は2.8×10-5、 Cs-137の場合は1.3×10-5
a:放射能濃度(単位:Bq/kg)
全国の都道府県で採取した食品試料の核種別の放射能分析データを用います。
f1:市場希釈係数
f2:調理等による減少補正
流通経路、調理方法等、さまざまな条件によりこれらの値は異なりますが、いちばん厳しい値として、ともに1を用います。

(※1)「環境放射線モニタリングに関する指針」(原子力安全委員会、平成13年3月一部改訂)

預託実効線量の計算例

魚のあじを例に預託実効線量を計算してみます。

  • あじ中の放射性核種Cs-137の濃度は0.20Bq/kgとします(「食品の放射能」ページの検索結果から)。
  • あじの摂取量は1人1日当たり12.5gです(厚生労働省「平成17年国民健康・栄養調査報告」の食品群別栄養素等摂取量の一覧表から)。これを365倍して1年間の摂取量を計算します。
  • Cs-137の実効線量係数は1.3×10-5です(ICRP Publ.72から)。
  • 市場希釈係数と調理等による減衰補正の値はともに1とします(市場希釈と調理等による減衰補正を無視するいちばん厳しい値として)。

これらの値を、預託実効線量の計算式にあてはめます。

預託実効線量の計算式

となります。
この結果、あじを1年間摂取した場合のCs-137の預託実効線量は、0.000012mSvとなります。
もし、同一の食品についてデータの得られている放射性核種が他にもあればそれについても同様に計算し、各々合計します。
なお、この預託実効線量の計算結果は、標準的なモデルケースに適用されるものであり、特定の個人の被ばく線量を評価するものではありません。

預託実効線量計算の前提条件

本ウェブサイトでは、この式を用いて預託実効線量を算出するにあたり、その前提条件を以下のとおりとしました。

  1. 飲食物中の平均核種濃度
    平成元年から17年度までの食品放射能水準調査結果及び環境放射能水準調査結果を用いました。
    ただし、「食品の放射能」ページにおいて検索したデータを用いて預託実効線量を計算する場合は、該当するすべてのデータが対象となるため、調査期間がこれより長くなります。
  2. 飲食物の年間摂取量
    厚生労働省「平成17年国民健康・栄養調査報告」の「食品群別栄養素等摂取量」の値を用いました。
  3. 計算の対象放射性核種
    半減期が比較的長く現在も環境中に存在している人工放射性核種のSr-90、Cs-137、Pu-239+240及び自然放射性核種のPb-210、Po-210、Ra-226、Th-232、U-238としました。
    ただし、体内の自然放射性核種K-40については、以下の「カリウム40(K-40)について」を参照して下さい。
  4. 放射能測定値が検出下限値以下の場合
    預託実効線量計算の対象外としました。検出下限値以下のデータの場合、「検出されず」または「ND」(検出下限値以下であることを示す)と記されており、数値として扱うことができないためです。

カリウム40(K-40)について

カリウムは、動植物にとって必要不可欠な元素です。われわれの人体中や自然界にも広く存在しています。カリウムの大部分は放射線を放出しない安定な元素ですが、その中にごくわずか(※2)放射線を放出するK-40(※3)があります。

飲食によって人体中のカリウムの量は増加することになりますが、一方で同等の量が排出されるため、常に一定に保たれています。
自然放射性核種であるK-40は、人体中に約4000ベクレル(Bq)存在しています。飲食で人体中に取り込まれるK-40は、1日あたり約50ベクレルですが、人体中の余分のカリウムが排出されるのに伴って同量が排出されます。このK-40による年間の被ばく線量は、0.17ミリシーベルト(mSv)です。

(※2)カリウム全体に対するK-40の存在比は、0.0117%(約1万分の1)です。
(※3)K-40の半減期は12.8億年、ベータ線とガンマ線を放出します。